大学にせよ何にせよ、試験というのは本質的に課す側が試されているものです。確か今年の2月ごろに、各地の大学でAO入試の廃止が持ち上がりましたが、あの件も試されたのは大学側です。2ヶ月弱の遅れですが、AO廃止関連のお話。
AO入試を廃止する理由として「AO入学の学生が他に比べて成績が低い」、「手間をかけて選んだ割には、とくに他と目立った違いが無い」
という様なコメントをされている大学がありました。
少し聞いてみたいと思うのは、「AOで採った学生にどんな能力を期待したのか」という点と「AOで採った学生に限らず、全学生が(AO合格の学生に)期待した能力を発揮する様な場の提供と、それに対する評価を行ったのか」という点。
人間が人間を選ぶのですから採用を100%成功させるのは難しいワケで、経過によって採用方法を変更していくこと自体は正しいと考えますが、その前に使っているモノサシ(=評価方法)が本当に有意なものなのかを検討する必要があると思うのです。
例えば、学力以外の能力を期待した学生に対して、今までと同様に学力を図るような評価だけをしていても意味はありませんし、そのような異能を採った効果(=他の学生に与える影響)も発揮されないでしょう。また、根本的には「学力以外」というものがいったい何で、それはどのように評価すれば見えるのか、という問題があります。
そこまで根本に戻った場合、一番に問題になるのは「今までの学生の何に満足できなかったのか」という点です。学力で実力を測って、基準を超えた学生を採った結果、その採った学生の多様性というものを十分に相手にしてきたかどうかという大学側の姿勢が試されているワケです。
結局、無いものねだりというか、自分たちに見えていない何かを有るのか無いのかも分からないままにして、勝手に学生に押し付けているだけのようにも思えます。
などど、少しまじめに書いてみました(笑)
2008年04月03日
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